武蔵坊弁慶の刀

衣川の館の戦いでは、義経ともう一人、日本史の英傑が亡くなっている。その名は武蔵坊弁慶です。義経に仕える怪力無双の荒法師として有名です。 比叡山の僧で武術を好み、五条の大橋で義経と出会って以来、郎党として彼に最後まで仕えたとされる。弁慶と義経との出会いは、京都五条大橋。京の都で悪行を働く弁慶は、1000本の日本刀を集めようと目論んでいた。武芸者などを襲って999本を奪い取り、あと 一本というところで牛若(のちの義経)と出会う。 巨大な薙刀を振るう弁慶。それをヒラリヒラリとかわす牛若。橋の欄干にひょいと挑び乗り、隙をついては弁慶の頭を扇でポンと叩く。ついに力尽きた弁慶は、土下座をして許しを請うた。 以来、弁慶と義経は生死を共にすることになる。衣川の館の戦いでは、義経を守るために得意の大薙刀を振るって応戦したが、無数の矢を受けて、仁王立ちのまま絶命したと伝えられている。 そんな弁慶の愛刀が、「岩融」と呼ばれる薙万だ。刃の部分だけでも三尺五寸あり、常人が扱うには難しい大きさだとされる。現存していないため不明だが、名前のとおり、岩をも突き通すほどの業物だっただろうことは、想像に難くない。